死に近いものほど美しいと知り君と桜を見比べている
死にそうな顔って、見たことある?
散り始めた桜が見える川辺に腰掛ける彼女は徐にそう切り出した。
すごくつらそうな、しんどそうな顔のことだろ?それなら見たことある、みんなそんな顔をしているから。
と僕が言うと小さく、ううん、とだけ応えたあとゆっくり息を吸って
死にそうな顔っていうのはね、全てを諦めた人のする、どこまでも穏やかな表情のこと。怒りも悲しみも生きようとするからこそ生まれるもので、諦観してしまった人はみんな、モナリザみたいに微笑むの。光を失った目で、ね。
と続けた。僕が何か言おうとしたのを遮るように、
その顔ってね、泣きそうになるほど美しいんだよ。桜もそう。一年中咲いてたらきっとだんだん目障りになるよ。美しさは終わりが見えてしまう儚さや哀しさやつらさと裏表なんじゃないかな。君はわたしのことを美しいって思ったことある?かわいい、じゃなくてさ。
えと―― 思考を逡巡させる間に僕の回答権は失われる
わたしはね、君のことを美しいと思っているの。そして、その美しさに惚れているの。でもね、もし君が生きたいと心から思える時が来るなら、そんな美しさは捨ててくれて構わないから一緒にいたいとも思っているの。わがままでごめんね。死にそうな君も好きだし生きるために足掻く君も好きなの。だから、さいごまで君と居させてくれないかな。
そう話す彼女の横顔に、僕は初めて美しいという感情を持った。見とれてしまうほど美しい彼女の後ろで桜は一片ずつ丁寧に花弁を散らしていた。
春、この間まで冬だったことなんてなかったみたいに春めく街、新生活を始める人、変わらない人、変われない人。春を以って四季が生まれ変わるのなら、一年を殺すのもまた春なのではないだろうか。
季節はめぐる。僕たちは春と春の間を彷徨いながら大切なものを手に入れたり失ったりする。しかし、それも全部、春が殺してくれるから。
僕は春が嫌いだ。そして、愛している。