人の死なない話をしよう1周年に際して

弊歌集こと「人の死なない話をしよう」ですが、12月23日をもって刊行から1年となります。
ありがたいことに150冊以上をお買い上げいただいた状態で1周年という日を迎えられることを本当に嬉しく思います。いつもTwitter等で応援してくださっている皆様、誠にありがとうございます。

1冊2000円する・私家版の歌集が・一年間で・150冊売れた、という事実がどの程度すごいことなのか私にはわかりません。
でも一歌人の端くれとして、この前例が何かにつながることを心から願っています。

私個人としては、1年も経つと自分の作品である感覚が薄れていくというか、熱量はどうしても落ちていくことを自覚しています。1年間、買ってくださいと言い続けることは非常に難しい。でも言わなきゃ売れない。そんなことを思いながらこの記事を書いている次第です。

酷評をいただいたり、大物歌人さんに買っていただいたり、バズツイで紹介してもらえたり、色んなことのあった1年間でした。
現在、第2歌集へのアイデアはなんにも浮かんでいません。したがって、人の死なない話をしようを限界まで届けてから売るのをやめようと思います。まだまだ届いていないだけの層があるはずなので。歌人さんじゃないところでウケる気がするんですよね。

春の文フリには出店しようと考えています。
これからもどうか引き続き応援いただけますと幸いです。

2021.12.23 笠原楓奏(ふーか)

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めーぷるしろっくさん「Replay Reverse and Rebirth」評

 人の死なない話をしようの著者が誰かが亡くなる連作への評をするのはいかがなものかとも思わなくもないが、このリアリティは涙腺に働きかけてくる手触りのあるものだったため評することを余儀なくされているのであった。

 めーぷるしろっくさん作「Replay Reverse and Rebirth」では「あなた」が亡くなっていることが読んでいてわかる構造となっている。擦り切れるほどに「あなた」と「あなた」のいない世界を詠んだ歌が16首で構成されている。

 以下は作中から好きな歌を五首引用したものである。

 

再生 を押せばあなたがそこにいて世界に音があってよかった

 

 再生は本来Rebirthの意味の言葉であっただろうが、動画媒体の普及によりいわゆる再生ボタン(Replay)のときのように気軽に使われる言葉となった。この歌の中で「再生」ははじめ、後者の意味で登場するが最後まで読み終えるとRebirthだったらどれだけ良かったかと思い知らされる形となっている。写真でも故人を思い出すことはできるだろうが、「そこに」いるくらいの再現度で想像できることを聴覚に委ねている点が音、及び声という唯一無二のものの重要さと、人間が声を記憶することの弱さを明らかにしているように感じた。世界に音があってよかったと私も思う。

 

神なんて信じていない 人間の間引きがあまりにも下手すぎる

 

 死を神による間引きとまで冷徹に表現しながらも、間引かれるべきでなかった人が間引かれてしまったことへ、信じないことで抵抗するひとりの人間らしさが切実な一首。

 死んでいい人などいないという前提に立てば、逆に多分間引きは平等で、上手く行われているのかもしれない。けれど、それを下手すぎると言いたいほど、喪われてはならないものが喪われてしまった。それはおそらくその人にどれだけの能力があったかではなく、作中主体にとってどれほど大切な存在だったかだけで語られているのだろう。つまりは極端な主観に基づいて詠まれた歌であるが、それだからこそこの歌が人の心へ刺さるのではないだろうか。

 

刻々とタイムリミット 三つ上だったあなたを追い越すまでの

 

 倒置法および「刻々とタイムリミット」の二句切れが、そのことの深刻さを上手く想起させているように感じた。内容としては平易でもある歌だが、「刻々とタイムリミット」と言われると何故か私まで焦ってくる気がする。約三年のうち、あとどれだけの時間が残されているのかわからないが、そしてタイムリミットを迎えた後どうなるのかもわからないが、作中主体にとって大きな地点であることは確かなのだろう。

 

生きられることが悲しい 君のいない場所でも息はできるんだなあ

 

 先の歌の隣に置かれていた一首。連続して読むとより先の歌の評価が上がるように思える。生きることは息をすることである、これは私も詠んだことがある調べだが、実際語源の上で関連性があるらしい。何が良いって最後の「だなあ」である。感情の吐露は連作中で随所に垣間見られるが中でも一番感情的であるというか、もはや短歌の体裁に則ることよりも思っていることが先行しているところが最高に虚しい作中主体の感情を顕にしている。一番短歌的ではないが、連作の上でこの一首は必要だったように感じる。生きられちゃうんだよね、なぜだか。

 

遠ざかる背中がぼやけないように見開いたまま涙を落とす

 

 連作の最後に置かれている歌であり、ここまで読んできた読者を泣かせる一首である。私はちゃんと泣きかけた。四句、「目を開けたまま」などを置くことも可能だが「見開いたまま」の強さがこの歌の覚悟を形作っているように思える。故人の背中を必死で刮目する主体から出る涙は、零れるのではなく落ちるのだろうと納得がいく。しかも「涙が落ちる」ではなく「涙を落とす」のである。他動詞の「落とす」を用いたことで涙さえも能動的に落として、背中を見続けるんだというような主体による故人への働きかけが加速する。そこまでして見なければならない「遠ざかる背中」はさぞ尊いものだろう。そして、絶対に忘れることのない、いや、できないものなのだろう。

嬉しい感想をいただきました。

歌集をお買い上げいただいた方からこんな嬉しい感想をいただきました。

そうなんですよ~(自画自賛
実際短歌に親しみの無い人でも読めるものになっているはずなので、こういった感想は非常に嬉しいです。

それからもう一つ。

もはやこの感想自体が詩なんですけど、最近で一番良い買い物と断言してくださって非常に嬉しく思っています。

物やサービスが広まるためには作者の一次発信の次に口コミによる二次発信が必要と考えています。ですからSNS上で感想を書いてくださる方は本当にありがたい限りです。

気分が良いので美味しい物でも食べようかな。

解釈の要らない短歌この歌は胸に直接届ける短歌 / 笠原楓奏(ふーか)

歌集が売り切れました(増刷決定のお知らせ)

1万RTほどバズったツイートで宣伝していただけるという良いアクシデントによって残り17冊程度だった「人の死なない話をしよう」が一気に売り切れる事態となりました。

昨年12月に販売を開始して、1年かけて100冊売ろう、と100冊印刷したわけですが、運良く10ヶ月で100冊の販売を終えることができました。
これは、冷静に考えるとすごいことではないかなと思います。
過去の努力はこちらからご覧ください

kasaharafuka.hatenablog.com

そして、重刷はあまり前向きに考えていなかったのですが、今回の件で見たときには売り切れていたという方が多くいらっしゃったので、急遽もう100冊の増刷をすることに決めました。

なお重版ではなく増刷です。内容は一緒。なんなら初版が増えたと思ってください。

いつも宣伝に協力してくださる方や評を書いてくださった方など、感謝すべき方々は四方八方におられるため私はどこに足を向けて寝ればいいのでしょうか。立ってれば大丈夫か?ブラジルにはいないだろう。

何はともあれ、ここまでの活動を応援してくださった皆様、誠にありがとうございました。これからも何卒よろしくお願い申し上げます。

今はケースづくりに奮闘しているところです。
本が届いたらすぐに発送しますので、ご興味のある方は予約してお待ちくださいね。

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秋だから寂しくなるのか、夏の暑さに感けた日々を終え寂しくなった頃に秋がやってくるのかは知らないが、ご多分に漏れず秋には寂しくなるもので、そんなありふれた感情を持つ自分はさも標準的な人間であると誤解しそうになるけれど、掃いて捨てるほどある秋の寂しさを歌った歌に一つも共感なんかできやしなくて、自分の寂しさは自分の寂しさでしかないと痛感しているわけであるが、こうも過ごしやすくファッションの自由度も高い季節に哀愁を結びつけてしまう我々日本人は根っからのネガティブなんじゃないかと思ったりもするわけで、つまりこの季節に寂しくなるのは当然だ、と処理されてしまうから誰も何も言ってはくれないなんてことに気付いても寂しさはあいも変わらず寂しさでありそれ以外の形容ができないという事実は紛うことなき事実であり、こうして詩にもならない文章を認めている始末である。

歌集が売れなくなりました

ご存じの通り歌集売ってます。

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 こちらのクーポンを使うと8月3日(火)までの期間限定で5%OFFで買えちゃいます!

と、それはそれとして、2020年12月に発売してから2021年6月まで、全く売れない月というのはなかったのですが、今月はどうやら1冊も売れないという結果になりそうです。

まあ、頑張った方だとは思うんですけどね。
流石にネタ切れというか、告知の仕方もわからなくなってきていますし。

ではここいらが限界だとしてこの実験を振り返ると、悪くない結果が残せたとは思います。元は取れたし、半分以上は在庫も捌けているし。なんてったって2000円+税ですからね。500円の歌集や1000円の歌集が売り切れているのを見かけましたが数倍の金額をいただいているので、それでこの結果ならそう悪くはないでしょう。

本音を言うと増刷するところまで持っていきたかったんですけどね~~やむなし。

一応8月に企画されているオンライン短歌市には参加する予定ですが、11月の文学フリマは迷ってますし、ネット販売だけを貫こうとしてたのに出店を考えている時点でスタンスにブレが感じられますね。

ただ、昨日ふと読み返してみたんです、およそ1年前から作り始めた自分の歌集を。
こう、なんていうか、良いものにはなっているんですよ。
少なくとも私はこの作品が好きです。

これだけ時間が経ったのでかなり客観的に見ることができるのですが、わりと細部まで作り込まれてるなと思いました。詠んだ歌もほとんど忘れているわけですが(私は自分の歌を覚えておくことができない)、悪くないんですよね。今はこんな歌は詠めないと思う。

それをどう伝えて販売していくか、本当に難しい。

しかしこれも含めて人柱。
これから歌集を自費出版しようという人の参考にはなったのではないでしょうか。

在庫、まだあるのでよろしければぜひ。
このささやかな戦いを応援していただけますとありがたいです。

奮闘記はこちらから

kasaharafuka.hatenablog.com

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櫛谷結実枝1stアルバム「光」 レビュー

youtu.be

すんごい良いトレーラー、見ました?

これで引き込まれて購入したアルバムについて、言葉屋さんとして感想をつらつら書いていきたいと思います。ちなみにライナーノーツはQRコードで読み取ると読める仕様なのですが、先入観無しで書きたいのでまだそれは読まずにいます。

1. 冬の朝

 フィンランドの伝統楽器カンテレの音が降り注ぐように鳴るところからこの曲は始まり、その後に主役たるフィドル(ヴァイオリン)が登場します。
 やさしく問いかけるようなメロディが対話のようにも聞こえます。でもその問いかけの隙間隙間には音が無いんですね、つまりメロディは私たち聞き手への問いかけであり、対話相手は私たちなのかもしれません。この曲からこのアルバムが始まることは我々から言葉を、感情を引っ張り出そうとしているのかも。案の定、唆されるように私もコメントをしているわけですが。

2. Beröm till naturen(自然賛美)

 スウェーデン語のタイトルがつけられたこの曲。ゆったりとした3拍子であるこの曲から私は朝靄がかった湖のある森のような情景を感じました。どこまでも優美で伸びやかなメロディは賛美の曲であることを容易に想起させます。クラシックギターの伴奏も穏やかで素敵です。とにかく美しいを極めたような一曲です。

3. 雲海

 ピアノが初登場となるこの曲はやや和的な要素がどこか漂っていて、親しみやすい曲なのではないでしょうか。ピアノは叙情的で心に語りかけてくるような演奏をしています。泣けるようなマイナー調のメロディでも終わりは穏やかなメジャーで、そういうところも涙腺に働きかけてきます、最初と最後しかフィドルがメロディを弾かないという構成もズルいんだよなあ!主旋律をピアノにバトンパスした後のフィドルが低めの音域で奏でている対旋律が個人的にとても好みでした。

4. Sally

 ゆったりした導入部で今までのテイストを引き継いだ後、軽快な4拍子に切り替わります。かわいらしくもあり楽しげでもあり、でもどこか哀愁もある。仮にこの曲が女の子だったら私は惹かれてしまうだろうなという曲でした。結部ではスローなテンポが戻ってきて、テーマを私たちに繰り返し問いかけます。

5.Semla

 セムラ、というタイトルと同じスウェーデンの有名なお菓子かつ地名がありますね!加えてこの曲では初めてアコーディオンが登場します。短いフレーズを繰り返すという北欧音楽のテイストが含まれた、キャッチーで覚えやすくありながらも盛り上がりや展開をちゃんと作っているので飽きずに聴ける印象でした。私が真っ先に歌えるようになったのはこの曲です。Bメロ?の入りが好きです。

6. 旅する灯

 臨時記号が出てきたり部分的な転調をしていたりクラシック音楽の要素が強くでているかなと感じる曲でした。でも全然堅苦しくはなく、歩幅を合わせて歩いてくれる友達のような3拍子の曲です。メロディだけでなく金属弦ギターの伴奏も寄り添うような演奏で、苦楽を共にしながら3人で歩いている感覚になる曲です。

7. 雨雲のエチュード

 エチュードとは練習曲のことですが、まさにそれらしい分散和音からこの曲は始まります。この曲だけはクラシックの曲と言われれば信じるな~、とか思ってるとフルートとピアノが入ってきて練習曲が「雨雲のエチュード」へと変わります。このアンサンブルが素晴らしくて、エチュードらしく冒頭のテーマを変形させたりしながら雨雲の雰囲気も残しつつ、おしゃれ和音で終わります。とりわけ聴き応えがあるのではないかと。

8. 暖炉の前で

 タイトルを知らなくても、四季のうちどれかと問われれば冬と答えると思います。この曲も北欧音楽の要素を盛り込みながら櫛谷さんのオリジナル曲へと昇華させているように思いました。暖かさと冷たさが同居しているような、言葉にするのに一番苦戦した曲でもあります。素敵の一言で片付けてしまえばそれで済むのかもしれませんが、それをしたくないとなると、夕暮れ時、転んだ少年に手を差し伸べる学生の優しさみたいな暖かさかなあと感じます。

9. 光

 表題曲でもあり、最大の泣き所でもあるこの曲。いやこれはもう光なんですよ、絶望の淵に追いやられた人すら照らす光。白く、芯のある光。決して闇雲に光るだけではなく、照らすべき人だけを照らす、救いの光。盛り上がりを見せた後の泣き落としはもうね、聴いて実感してくださいという感じです。おそらく一番伝えたいことがこもっているであろう曲だけに、無粋なことは書けない…というか書く必要を感じない名曲です。

ということで全曲に簡単な感想を述べてみました。
ご興味のある方はこちらからお買い求めいただけるようですのでぜひご注文ください!

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