肝心なところで文字化けする男の話

文字化けとは、ある文字コードで書かれた文章を別の文字コードで読み込むことで文章が解読不能になる現象である。パソコンを使っていれば一度は見たことがあるだろう「繝代た繧ウ繝ウ」のような文字列。これを、日常で使ってしまう男がいる。

使ってしまうというよりはそうなってしまうと言った方が適切だが、彼以外の人間はそのことを知らない。例えば、志望動機を聞かれれば「私が御社を志望いたしました理由は莨∵・ュ逅?ソオ縺ォ諠ケ縺九l縺セ縺励◆」となるし、好きな女の子に告白しようと振り絞って出た言葉は「螂ス縺阪〒縺」になる。糸偏に連なるの文字を多用することから、いとれん、と周りからは呼ばれている。

とはいえ彼も日常の会話がまったくできないというわけではない。「ジャイアンツが優勝したらしいよ」や「新しいゲームが発売したんだ!」は文字化けせずに言うことができる。しかし、ゲームの感想を聞かれると「縺ィ縺ヲ繧る擇逋ス縺九▲縺」となってしまう。彼の中で一体何が起きているのか。

そもそもメールやラインや口頭で文字化けが起こる可能性は限りなく低い。決められた文字コード同士でやりとりをしている限り、文字化けはしない。つまり彼は、作為的にあるいは無意識的に、文字化けを発生させていることになる。

彼は、いとれんは、肝心なところでだけ文字化けを起こす。「肝心なところ」とは言い換えれば、「意見」や「主張」に該当する部分である。

意見を述べることは、非常に勇気が必要な行為である。何かを好きと言えば何かが嫌いな人と対立する。何かを良いと言えば何かは良くないという意見が飛んでくる。例えば、ボーカロイドが好きと言えばあんなものは音楽ではないと言われ、自民党を支持すると言えば右翼と罵られるように、自分と相反する意見の人がすぐさまぶつかってくるこの現代において、意見の主張は気軽にできることではない。

もしかしたら、彼は過去にそういったいざこざに巻き込まれひどく心を病んでしまったのかもしれない。その上で、一種の防衛本能として、文字化けを起こしているとしたら。「自分の感想はちゃんと言いたい」が「意見を言うと対立する恐れがある」の二つの条件を同時にクリアするための打開策として、文字化けを利用しているとしたら。

実際に彼は幼い頃から文字化けを起こしていたのではなく、高校2年生の3学期頃から文字化けし始めた、と周りの人は証言している。

好きなことを好きと言うことは確かに難しい。大嫌いな誰かも誰かに愛されて育ってきたのだろう。それでも私は彼に学び、螂ス縺阪↑繧ゅ?縺ォ縺ッ螂ス縺阪→險?縺?カ壹¢縺ヲ縺?″縺溘>縺ィ諤昴≧縲ゅb縺。繧阪s縲∝スシ縺ョ蛻?∪縺ァ縲