考えない人間はただの葦だ

選挙権の引き下げ。若年層の意見を反映させようという狙いの下、18歳である僕たちにも選挙権が与えられた。正確に言えば、そうなったらしい、ということしか僕は知らない。

周りは昨日見たドラマの話とかやっていない課題の話で持ちきりであるこの教室の全員に選挙権があると思うとなんだか大人の仲間入りをしたみたいだった。

大学からの帰り道、コンビニで買うアイスを選ぶみたいに、選挙ポスターを眺める。それぞれ違った色やデザインを基調としていて、それぞれにそれっぽいキャッチコピーが添えられている。貼り出されているポスターを見る限り、候補者の数は20人を超えているようだ。特に支持している政党や候補者がいるわけでもなく、この機会に初めてまじまじと選挙ポスターを見た僕のような人は、この人数分の公約を読まなければ、誰に投票すればいいのかてんで見当もつかない。もしかしたら、公約を読んだところで、高校時代の、いや、中学の公民の教科書を引っ張り出さないといけない始末である可能性は大いに拭いきれない。

帰れば見たいテレビがある。やらなければならない課題がある。果たして同じ教室の彼らは、それだけの労力を払い選挙と向き合っているだろうか。

 

――適当でいいか。

 

どうせ自分の一票で何が変わるわけでもない。それより早く帰って明日の準備をしたい。そう思って歩き出そうとすると、何故か足が動かない。眼前にあったはずの選挙ポスターの姿はなく、ただ川が流れているばかりであった。何が起こったのかわからないままポケットのスマホを取り出そうとすると、手は無く、手のあるべき位置からは葉が生えていた。

 

なんだ、今頃来たのか。 

同じクラスの男が声をかけてくる。思わずこれはどういう状況か問いただしてしまう。男は、パスカルって知ってるか、と反対に僕へ質問をしてきた。パスカル、名前と「人間は考える葦である」の格言くらいは僕でも知っている。それがどうかしたのか、と半ば苛立って聞き返す。

 

お前、考えるのやめただろ。 

男は続ける。

人間は考える葦なんだから、考えなければ、ただの葦だ。わかるか?

 

わかるようでわからなかった。ただ、今まで男だと思って話していた相手が葦のような見た目をしていることは紛れも無い事実だった。

 

まあ、お前は粘ったほうだよ。周りを見てみろ、大半の奴はとっくに葦になって河川敷の生活にも慣れ始めた頃さ。 

彼の言うように、あたりには葦が生い茂っていた。川は夕日を反射してきらきらとせせらいでいる。初夏の風が、頭上の穂を揺らす音がした。